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寿司と印刷と人生と。イラストレーター高市さんの辿った道は“伏線”だらけ(後編)



海と街と女の子を描くイラストレーター、高市さんはroom6のパブリッシング部門におけるリーダー的存在でもあります。そんな高市さんの半生は、本を作ったりお寿司を売ったり? 紆余曲折を経てゲーム業界に入った高市さんが、インディーゲームに出会うまでの道のりをお聞きします(前編はこちら)。


――新卒で入ったゲーム会社で開発からパブリッシング部門に移ったところまでお聞きしました。このころ、EIZOさんのイラストコンテストで大賞を受賞されていましたね。


高市さん:

そうですね。ちょうど本業の方で広報的なお仕事に配属になり、トレーディングカードゲームの印刷ディレクションや制作進行の仕事をしてたんです。かなり忙しいんですけど、見方を変えればリリースのタイミングが決まってるので忙しさの波が割と固定されていて。一番絵が描きやすかったときですね。あと、トレーディングカードゲームなので本当にたくさんのイラストレーターさんのイラストを見て、社内でアートディレクションしてる人の後ろに貼り付いたりして学びになることがすごく多くて。この期間、人生で一番絵が上手くなったタイミングではあります。ちょうど、ご縁あってroom6の社長ともつ鍋を食べに行ったころですね。




――ここでroom6との繋がりが。


高市さん:

トレーディングカードゲームの仕事をしていて、仕事自体は楽しいんですけど段々ルーチン化してきたりするなかで、「この仕事ずっと続けるのかな?」と思っていたんです。絵を描くのも楽しくなってきたりしてて「何か別の道を考えた方がいいかもな」と感じたり。仕事も実はしんどい面もあって、転職を初めて考えだしたんですね。


そのころ、コミティアの活動で知り合ったFさんという方と同じお絵描きサーバーに入っていたんです。Fさんは元々別のお仕事をされてたんですが、そもそもFさんをこの業界に誘ったのは私で。「すごくゲーム制作に向いてるからゲーム業界のお仕事やった方がいいよ!」みたいな話をしたんですよね。そうしたら、Fさんが同級生だった方に誘われ、その方が所属するゲーム会社に入ることになって、それがroom6だったんです。で、関西に戻ってきましたっていう話を聞いていて。


その少し前くらいに、Fさんと一緒のお絵描きサーバーの通話で「仕事を変えようかな」という話を出したんですよ。それからしばらくして、「そういえば転職したいって言ってたけど、まだ考えてますか? よかったらroom6でアートディレクター的な動きをできる人を探していて、社長と会ってみませんか」と言われたのがきっかけですね。


――人と人の繋がりでroom6に来られたんですね。


高市さん:

で、同じころBitSummitにも初めて行ったんですけど、そのあたりの伏線がゴチャついているんですよね。本当にお恥ずかしながら、ゲーム業界にいたしずっと京都にいたのに、私はインディーゲームの存在を知らなかったんです。「どうやらBitSummitというイベントがあるらしい」というのは、当時一緒にお仕事をしていた印刷会社さんから教えてもらって。


その印刷会社さんから「うちBitSummitのチケット沢山あるんで、いります?」と聞かれ、沢山チケットをもらったんです。それでせっかくだしちょっと行ってみようかと思って、同じ会社の人たちにも配る係までやってました。




――本当に偶然BitSummitの存在を知ったと。


高市さん:

そういう流れがあって実際にBitSummitに行ってみようかと思ったんですが、少し前のタイミングでもう1つBitSummitに行こうと思ったきっかけがありました。当時の業務のひとつに雑誌の記事監修というのがあったんです。記事が上がってきたら内容をチェックして、見本誌が送られてきたら内容が反映されているか確認するお仕事をしていて。当時は若干「このまま働いてていいのかな」みたいな気もそぞろモードだったので、ちょうどその時届いたニンテンドードリーム(※1)を隅から隅まで全部読んでたんですよ(笑)


その記事の中で「インディーゲームが今熱い、フランスでも盛り上がってる」ということが書いてあったんです。それが『助けてタコさん』(※2)というゲームを作ってるChristophe Galatiさんという方をピックアップした記事だったんですね。


(※1)ニンテンドードリーム

株式会社アンビットが発行し、徳間書店が発売している任天堂ゲームの専門雑誌。読者投稿を基盤とした誌面構成が特徴。


(※2)『助けてタコさん』

フランスの開発者Christophe Galati氏が開発し、2018年にリリースされたアクションゲーム。タコ型のキャラクターを操作し、ゲームボーイ風のグラフィックの世界を冒険する。




――当時のヒット作ですね。


高市さん:

で、「めっちゃこれゲームボーイ風じゃん! こんな作風もアリなんだ」と思いました。今までゲームの仕事をしていて、「新しい独創性のあるデザイン、独創性のあるゲーム性」って言われてて。だから「こんなゲームボーイライクの絵でゲームができるなんて面白い!」と思ったんです。もっと詳しく見ようと思ったので、家に帰ってTwitter(現・X)でいいねだけ押してブックマーク的な感じで置いておいたんですよね。


そうしたらなぜかChrisさんから連絡が来たんです。「いいねありがとう。ちなみに来月日本に行きます」という感じで。「ゲームジャム(※3)っていうのをやるんだけど、よかったら参加しませんか」と誘われて。当時の私は「ゲームジャムって何?」と思っていたんです。よく分からないけど、せっかくフランスから一世一代で京都まで来てくれるんだからと思って会いに行ったら、周りの人が全員海外の方で、そのなかで日本語をしゃべれる人とチームを組んで、ゲームジャムでゲームを作ったんですよ。


それがものすごく楽しくて「えっ、ゲーム制作ってこんなに面白かった!?」って気づいたんです。ずっと締め切りに追われた生活をしていたので、そうじゃなくてみんなで考えて前向きにゲームのアイデアを実装して1日で完成したっていう体験が気持ち良すぎたんですよね。「あっ、転職するとしてもゲーム会社をもう一度どこか探して入ろう」と思ったんです。その時に、その場にいた人たちが「そういえば来週はBitSummitだけど、またそこで集まろうぜ」みたいな話で終わってて、「ん? BitSummit?」となりました。


(※3)ゲームジャム

ゲームクリエイター(プログラマー、デザイナー、アーティストなど)が集まり、短時間でゲームを制作するイベント。


――そこでもやはりBitSummitの影が。導かれていますね。


高市さん:

チケットをもらったり、ゲームジャムに参加したりという縁もありつつ、Fさんからroom6という会社について聞いていて、どうやらroom6もBitSummitに参加しているらしいから行ってみようかと思ったんです。それでフラッと来たんですけど、room6というブースにたどり着いたのにroom6の名前が出ていなかったんですよ。


代わりに出展されていたのが『ghostpia シーズンワン』(※4)だったので「間違えたかな?」と思って、近くにいる人に「ここってroom6のブースで合ってますか?」と尋ねたんです。そうしたら「ええ、合ってますよ。ちなみにゲーム遊んでいかれますか?」と誘ってくれたのが、『ghostpia シーズンワン』の開発者の1人であるミタヒツヒトさんだったんです。で、『ghostpia シーズンワン』の映像も見て「何じゃこりゃ~!」と思って。「こ、こんな良い絵で、遊ぶというより読ませる体験で、しかも特別な冊子までもらっちゃって、何で私この人たちと一緒に作っていないんだろう」「私もここにいます!」みたいな気持ちになったことを今でも覚えています。


(※4)『ghostpia シーズンワン』

room6によるインディーゲームレーベル「ヨカゼ」からリリースされるデンシ・グラフィックノベル。幽霊の町を舞台に、少女「小夜子」と友人たちの友情を描く。




――まさに運命的な出会い。


高市さん:

ちなみにニンテンドードリームで「インディーゲームが熱い」って記事を書いていたのは、後から聞いたら私が当時やりとりしていた編集者さんで、「その記事は私が担当していたんですよね」って言われたんです。全部がroom6にたどり着くために巧妙に張り巡らされた伏線で、からめとられた感じでroom6に入社しました。


room6の存在だったり、社長と会ったことだったり、自分が「転職するとしてもゲーム会社に入りたいな」と思うきっかけとなったゲームジャムだったり、BitSummitのインディーゲームの扉が同時にやってきた感じですね。でも2018~2019年あたりって、そういう時期だったんだと思います。一般にもインディーゲームの認知が広がって来て、ゲーム業界の雑誌もインディーゲームを見過ごせないとなってきたタイミングだったのかなと。それと、個人のイラスト制作したい気持ちとゲームを作りたい気持ちが共存していいんだという感覚になったところが大きかったと思います。


――創作意欲とゲームを作りたい思いが両立できたわけですね。


高市さん:

もう一つ伏線があって。そのころまだ前の会社にいたんですが、コラボ企画をやろうという話が出て、コンサートだったりカフェだったり、コラボルームをやりたいという動きが出てきて。「会社の近くのホテル アンテルーム 京都(※5)がアートホテルをやっているから視察に行ってこい」と言われたんですけど、オシャレすぎてビビって何度も前だけチラッと見て終わったんです。


アンテルームさんを調べてるときに、「何だこれ、『Branching Paths』(※6)? 絵がオシャレだな、何の映画なんだろう、上映会やるんだ」って、アンテルームさんの視察に行って『Branching Paths』の存在を知るということがありました。実はあのころからすでに偵察に行っていたんですね。いつかアンテルームさんでコラボルームをやりたいという伏線も、なぜかroom6で回収しました(※7)。


(※5)ホテル アンテルーム 京都

京都駅の南側に位置するホテル&アパートメント。ギャラリーが併設され、アーティストとのコラボルームなども備える。


(※6)『Branching Paths』

2016年に公開されたドキュメンタリー映画。日本のインディーゲーム業界の2年間の動向を追う。


(※7)アンテルームさんでコラボルームをやりたいという伏線を回収

アンテルームにて2021年、room6のパブリッシング作品『アンリアルライフ』とのコラボルームが実施された。現在も『アンリアルライフ』『From_.』のコラボルームを開催中。





――そのころはゲーム業界でもそこまでインディーゲームの存在が知られていませんでしたよね。


高市さん:

そうですね。やっぱり『東方Project』(※8)のように同人カルチャーが強いゲームか、フリーゲームのジャンルがメインでした。そういったところはコンシューマーのゲームとは交わることがない、よっぽど『東方Project』くらい化けたらコンシューマータイトルが出るけどっていうくらいの認識で。会社では「東方って知ってる? 遊んだことある?」くらいの認識の人が多かったですね。もちろんとっくにやってる人もいたし、今はそういうの垣根なくやってる人の方が多いと思うんですけど。インディーゲームの存在を知ったあとでも「楽しいな、いいな」とは思っていたけどお仕事になるとはまさか思ってなかった、というかできると思ってなかったですね。憧れみたいな感じのまま終わってた未来もあったかなと思います。個人でゲームを制作して生活していく未来なんて誰にも見えないじゃないですか。


(※8)『東方Project』

日本の同人ゲームサークル上海アリス幻樂団が開発する弾幕シューティングゲームを中心とした作品群。ゲーム、音楽、書籍、グッズのほか、無数の二次創作作品も作られ続けている。


――この5年で景色が変わりましたね。


高市さん:

本当にそうですね。ちょうどインディーゲームにみんなが注目し始めて、景色が変わるタイミングに立ち会ってしまって、しかもコロナ禍のタイミングもあったからどれが作用して人生に何が影響してるのかがあまり整理できない状況になってて。


――高市さんがroom6に入社したころは、コロナ禍でroom6も波乱の時期でしたね。


高市さん:

そう! 「ゲーム開発を本腰入れてやるぞ」と思ったらいろいろなことがペンディングしてしまって、お手伝いはしていたんですけど何をしたらいいか方向性が定まらない時期でした。そんなとき『アンリアルライフ』(※9)が出て。リリースされた日にすぐ遊んで「何て作品なんだ」と思っているうちに、その年の秋ごろに社内で「『アンリアルライフ』のサントラを作りたいなと考えてるんですが、入稿データとか作ってもらえますかね」という話になったんです。「ああ、ぜひぜひ」というはこびになって、気が付いたらまた広報パブリッシング方面に戻ってきていました。


(※9)『アンリアルライフ』

国内の開発者hako 生活氏が開発し、room6がパブリッシングしたアドベンチャーゲーム。少女が「さわったモノのキオクを読み取る力」を駆使し、夜の街を旅する物語。第24回文化庁メディア芸術祭の新人賞を受賞した。




――当時は会社が混乱していたから、なし崩し的な流れだったと聞いています。


高市さん:

そうそう。社長に「何か仕事ないですか」って言ったり、一緒にコロナ禍の大阪に営業をかけに行ったり。最終的に広報パブリッシングもデザインもやりつつ、リリース前からいろんな力で一緒に開発者さんと並走するという今のスタイルができて、すごく楽しいです。


話していて気づいたんですけど、そうこうやっていると「仕事だけで今までの人生においてやりたかったことができちゃってるな」っていうのが最近の課題なんです。イラストの話に戻ってくるんですけど、開発者さんとお話してるとスケジュールの話とか制作の話になって、「自主制作しててごめんなさい」とか「別のことしててごめんなさい」って言われることがたまにあるんですね。「そんな悲しいこと言わないでくれ!」って思うんですよ。


そんなとき、「いえいえ、私もめっちゃやってますから!」ってキリッと言い続けられたらいいなっていうのは最近ちょっとありますね。だから頑張って絵の方とかコミティアの活動とかも続けていきたいし、「続けてナンボ」っていうところがあります。うまいもん食って本出して楽しんでおりますよ、そのうえで制作って進んでいけばいいと思うから。パブリッシャーと開発者さんの関係であっても、それ以外の時間が後ろめたいと思うかもしれないけど全部やってくれ、と。




――頼もしい言葉ですね。room6ではさまざまな印刷物を手がけられたと思いますが、お気に入りの作品は何ですか。


高市さん:

ヨカゼで作ってるものは全部思い出があるんですけど、最近作ったヨカゼブック(※10)の最新作は「できた!」って感じがしましたね。仕事でも自分のものでも、印刷物ってイタコみたいな気持ちなんです。自分がこだわってやるというよりは、こうあるべき姿に対して必要な素材や技法をはめていくようなイメージですね。だから「自分が作った」みたいな感じではないんですけど、デザインってそうかなあと。服を選んでるみたいな、ブルベ・イエベみたいな。「あなたがメイクするならこのリップよ!」という感じの。そういう感じでフォントとか紙とか選んでます。ヨカゼブックは1人の力じゃないですけど、「できたなあ」っていう感慨がありました。


(※10)ヨカゼブック

room6のインディーゲームレーベル「ヨカゼ」にラインナップされたゲームを紹介する小冊子。イベント等で無料配布中。


――キラキラの表紙がとても印象的ですよね。


高市さん:

印刷会社さんに相談したら夏場に製造しにくい仕様だったらしくて、乾かすのにすごく時間がかかったそうです。乾きにくい紙に組み合わせたのが耐スクラッチマットPPといって、爪痕が付かなくてちょっと強い加工ですね。それとキラキラしたペルーラという紙を組み合わせています。普通はキラキラの紙ってそのまま作るのでマットPPで抑えるのってありえないんですけど、これがちょっとエッチな感じに仕上がって(笑)これは流行ると思ってます。


印刷会社さんは「ハハハ……」みたいな感じでした。その印刷会社さんはBitSummitのチケットをくれた会社さんなんですけど、仕様を伝えたときに「正気か?(意訳)」って言われました。「本当にやるんですか」って。「この仕様、伝え間違いじゃないよね?」的な。それがちょっと思い出深く、できたなあって感じ。


――印刷会社さんの協力あってこそですね。印刷物のデザインを作るときは、頭の中にすでに完成像が浮かんでいるのでしょうか。


高市さん:

そうですね。あるべき姿とそのための技法があって、自分がもってない武器だったら使えなくて悔しい思いをすることもあります。完成像はもうあって、質感とかゲームの作品だったり、メインビジュアルがあったら「作者の方がこういう心地をイメージしながらやってるだろうな」というのを、尋ねるんじゃなくてイメージしながら考えるのが好きですね。寿司屋のバイトと一緒かもしれない。


――ここでもお寿司ですか。


高市さん:

お寿司って何を食べたいか聞いても、普通の人はすっと答えが出てこないっていうか分かんないと思うんです。でもたとえばお任せのなかに自分が好きな握りが入ってたりすると嬉しいですよね。今食べてるお寿司に合うお酒を聞くんじゃなくて「こういうのがオススメなんですけど」って出す仕事をしていた経験が、結局いまデザインでやってるのに近いんじゃないかと思います。それが楽しいところですね。


あれこれ仕様をまとめてもらったりはしないです。それよりも感覚でやりとりできた方がお互い楽かなって。細かい仕様のやりとりとかしてるとしんどいじゃないですか。でないとデザインを任せるってできないと思うので。絵を描くときもそういう感じで「この人ってどういう絵を描きたかったのかな」というのを考えながら、依頼だったらタッチや使う色を変えたりしますね。



いつか実を結ぶ“無駄打ち”


――人生で影響を受けた作品を教えてください。


高市さん:

まずは『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』(※11)ですね。いろいろゲームはプレイしていたんですけど、同作は初めて自分で欲しいと思って最後までプレイしたし何度もプレイしたかなと思います。あとスーパーファミコン後期ってグラフィックをリアルにするというよりは、『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』だったら絵本風とかの表現を突き詰めてるじゃないですか。そういった「アートとしてこのゲームをどうするか」っていう方向で一番衝撃を受けた作品ですね。


それから『マリオペイント』(※12)は初めて手にしたデジタルお絵描きツールです。しかもゲームも作れるんですよ。なんか分からないけどもはや説明できないレベルの思い入れですね。『マリオペイント』が遊びたいがためにダッシュで家に帰るみたいな小学校時代でした。ずっとハエ叩きやってました。マウスがほんまに使いにくくてね(笑)


(※11)『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』

任天堂から1995年に発売されたスーパーファミコン用のアクションゲーム。 赤ちゃんを背負ったヨッシーたちが、さらわれたもう1人の双子の赤ちゃんを助け出すため、冒険の旅に出る。絵本風のグラフィックが特徴。


(※12)『マリオペイント』

任天堂から1992年に発売されたスーパーファミコン用のアミューズメントソフト。付属のマウスを用いて、絵を描く・アニメーションさせる・内蔵音源を駆使して作曲を楽しむという3つのクリエイティブ活動を楽しめる。


――あるあるですね。


高市さん:

『アンリアルライフ』はいろんな人生の伏線を回収してくれる、私にとっての大切な作品ですね。普通はみんなの評価をいろいろ聞いて「あ、面白そうだな」と思ってプレイするじゃないですか。『アンリアルライフ』は息をするようにすぐダウンロードしてて。しかも次の日か翌々日にはクリアしてて。


あとやっぱり海辺とか電車とか、後から知ってそうかもって思ったところが大きいんですけど、震災による喪失とかもやっぱり自分のなかのエピソードとくっつくところが多くて、「私が作ったんじゃないだろうか」と思ったくらい心にフィットする作品でした。あと私が飼ってるペットがエビとカメというのもあります(笑)




――高市さんの経歴とシンクロするところが大きかったんですね。


高市さん:

それから認めがたい部分もあるんですが『新世紀エヴァンゲリオン』(※13)は本当に人生でなくてはならない作品ですね。明確にオタクに落ちたっていうのと、推しがすぐ死ぬので推しをもたない人生になったとか。


結構おんなじ目に遭ってる2000年代オタクは多いと思うんですけど、中学生のときにエヴァにハマりすぎたゆえに、あまりにもオタクになっていく自分に自分で引いてしまって(笑)高校生のときに画塾にも通っていたので、サブカルの方に行きかけたんですよ。で、漫画も「オシャレな人が読むオシャレな漫画が読みたい!」ってなって安野モヨコさん(※14)を読み始めたんです。でも、いざ読んでみたら「ガンダムネタとか出てくるし、この人もきっと根はオタクなんだろうな」と思いながら過ごしてたらエヴァの監督と安野モヨコさんが結婚して「この世の中どないなっとんじゃ」って思いました。『新世紀エヴァンゲリオン』には人生を振り回された感じですね。


(※13)『新世紀エヴァンゲリオン』

日本のアニメーション作品。1995年から1996年にかけてテレビアニメが放送され、劇場版も公開された。巨大な汎用人型決戦兵器「エヴァンゲリオン」のパイロットとなった少年少女たちと、謎の敵「使徒」の戦いを描く。


(※14)安野モヨコさん

日本の漫画家。『働きマン』『さくらん』『ハッピー・マニア』などの作品がある。『シュガシュガルーン』で第29回講談社漫画賞を受賞。『鼻下長紳士回顧録』で第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2002年、『新世紀エヴァンゲリオン』監督の庵野秀明氏と結婚した。





――高市さんと同世代の方は頷くエピソードも多そうです。


高市さん:

漫画だと本当にいろいろあるんですけど、人生のバイブルとしてるのは黒田硫黄先生の『茄子』(※15)という漫画です。読んだときは高校生だったんですけど、季刊エス(※16)とComickers(※17)という雑誌をずっと買っていて、季刊エスで紹介されてたのがきっかけで読みました。オシャレになりたい、背伸びしたい年頃だったので「『茄子』という漫画を分かって面白いと思える大人になりたい」という出来心で買ってしまったんです。ちなみにこの『茄子』という漫画の影響で自転車を買ったり、今までナスが食べられなかったのにナスが好きな食べ物になったりしましたね。


台詞のなかで、とある登場人物がうっかり大金を持ってしまうという出来事があるんですけど、使い途を聞かれたバリキャリの女の人が「私だったら絵を買うわ」と答えるシーンがあって。「見るだけと買う選択肢を持ちながら見ることは見方が変わる」みたいな話をしていて、それは自分の人生で事あるごとに思い出す台詞ですね。


(※15)『茄子』

講談社の雑誌『月刊アフタヌーン』で2000年から2002年にかけて連載された漫画作品。ナスをモチーフとした短編集で、田舎や都会を舞台とした現代劇のほか、近未来SFや時代劇など幅広いジャンルを扱う。


(※16)季刊エス

株式会社パイ インターナショナルが発行する季刊雑誌。漫画・イラスト・アニメ・ゲームなどのジャンルを横断し、物語とビジュアル表現をレポートする。


(※17)Comickers

美術出版社が刊行していた季刊の漫画情報誌。名前を変えながら2005年から2008年まで刊行された。


――思春期に読んだ漫画がアートの見方まで変えてしまったんですね。


高市さん:

映画でいうと『インターステラー』(※18)も血肉ですね。過去にもがき苦しんで無駄打ちしたいろんな手が未来に繋がってて、未来の自分が現在の自分を助けてくれるみたいなストーリーラインがすごく好きで。『STEINS;GATE』(※19)もそうだと思うんですけど。『インターステラー』って作中常にとんでもないことが起きてるんです。とんでもないことが人生で起きたときでも「これ一見無駄打ちかも」って思ってることが、いつか自分の身を助けてくれる無駄打ちになるかもと思います。絶対、最後いい感じでまとまるはずと思ってやってますね。


(※18)『インターステラー』

2014年に公開されたSF映画。監督はクリストファー・ノーラン。まだ幼い子供を持つ元エンジニアの男が、居住可能な新たな惑星を探すミッションに挑むストーリー。




(※19)『STEINS;GATE』

5pb.(現・MAGES.)より2009年に発売されたアドベンチャーゲーム。現実に存在する科学的事象を物語の骨格として、偶然タイムマシンを発明してしまった主人公たちをめぐる「想定科学アドベンチャー」を描く。



それは、犬ではなかった


――ご趣味を教えてください。ただし、「残りHP100のときに打ち込む趣味」「残りHP50のときに楽しむ趣味」「残りHP1のときにする趣味」に分けて教えてください。


高市さん:

趣味ないんですよね……。もともと本を読むのが好きだったんですけど、転職だったりコロナだったりの期間を経て、この5年くらいで本が読めなくなってしまったんです。残りHP1のときにする趣味が、ピッコマとかLINEマンガとかでWebの漫画をひたすら読むことですね。ピッコマにはノベルとかもあるんです。だから「本を読めない人生はさすがに寂しいな」と思って、この1年半くらいピッコマのノベルの力を借りて読書のリハビリをしてたんですよ、恥ずかしい話なんですけど。


――かなり読書に対して真摯ですね。


高市さん:

読書のリハビリにちょっと成功したのか、最近は短い作品ながら芥川賞受賞作の『バリ山行』(※20)という本を読み切りました。ハードカバーなら本を読み切る時間も分かりやすいし、ピッコマでコソ練してたから本もだれることなく読み切って、途中でSNSを見てもすぐ頭が戻ってくることができたので、これで大手を振って「HP100のときは本を読みます」って言えますね。HP50のときは歩きます。ひたすら。計画を立てるんだったらハイキングに行きます。やっぱり順番的にHP50のときは体を動かす。100のときは本を読む。


(※20)『バリ山行』

松永K三蔵氏が著し、2024年に刊行された小説。過酷な登山に挑む男を描き、第171回芥川賞を受賞した。




――ハイキングはどこへ行きますか。


高市さん:

町中に住んではいますが、京都一周トレイルという道があるので割とすぐ山に入れますね。頑張れば滋賀に抜けられる山道もあるんですよ。「いつでも山に行って逃げられるぜ!」みたいな気持ちがあります。滋賀まで行ったり福井の県境まで行ったりとかするので、関西が中心ですね。いつかみんながいう東京の高尾山に行ってみたいです。


休日によく行く山は嵐山とか清滝っていうところのあたりなんですけど、いろんなコースがあって京都のなかでもプチ異界なんですよ。現実からいきなり日帰りで異界にいって、そのまま夕方ごろに現実に戻ってくる感じがコースとして決まっているので、面白いですね。不思議なことがいっぱい起きます。オオサンショウウオを見たりとか。


――天然記念物のオオサンショウウオですか。


高市さん:

さっき、サルに追われてめっちゃダッシュで逃げた話をしたじゃないですか(前編参照)。当時は友達と一緒だったんですが、そのときたまたまトロッコ列車が来てて命からがら駆け乗って。下に流れる川を見たら、すっごくヌルヌルした岩が動いてて「オオサンショウウオだ……」と眺めていました。京都は三方が山に囲まれてるので、すぐ町から山にいけるのがいいですね。


――前編で海の話をしましたが、山も高市さんにとって重要ですか。


高市さん:

そうですね。というのも本来は歩いたり登ったりが不得手なんですよ。足腰が生まれつき丈夫ではなくて、だからこそ歩くことによって身体を確かめたり、頭が真っ白になっていく感じが好きだったりしますね。限界があるから。限界が普通の人より近いから、うまく歩いたりギアとかで補強したりするのが好きです。ゲームの攻略っぽいですよね。低い山でも足のギアとかちゃんとしたものをしてるので疲れにくかったりします。




――休日もアクティブに過ごされている高市さんですが、旅先で心に残った景色を教えてください。


高市さん:

出張とか国内が多いですね。何が一番かな。旅先で出会った日本酒は大体美味しいです。長崎とか特に九州は好きですね。それから台湾。長崎とか台湾を歩いてるときに地元と見間違えるような景色を見ると、ふと懐かしくなったりとかして。知らない土地だけど自分の街みたいな感じになる感覚は好きです。坂の上から港が見えて、そこにバスが通ってたりとか。


――原風景と重なるわけですね。


高市さん:

旅の途中ですけど忘れられないのが、四国に行こうと思って飛行機で飛んでるときに瀬戸内海の島々が見えて、すごく小さいんですけど、小さい島の中に学校があって施設があって車が通ってて、ミニチュアみたいなのがいっぱいあるのを見たときすごく心がブワーってなりました。


東海道新幹線の車窓とかも好きです。田んぼの中に家があって、夕方には灯りが点いてたりして生活を感じますね。さっきの趣味とも通じますが、東京に弟が住んでいて一緒に徘徊とかしてます。先日も一緒に4㎞くらい歩きました。知らない商店街とかに夜、行きますね。古い祠とか神社とか、小さいよく分からない木とかが生えてていいですよね、東京。日中見る景色と全然違ってて、東京の夜って繁華街じゃないと結構人少ないなと思って。繁華街と人が住むエリアがすごくきっかり分かれてるから。夜の全然人がいなくなった東京はすごく好きですね、京都は逆にずっと人が多い。


――土地ごとの空気感の違いを味わえるのも高市さんならではの感性だと思います。


高市さん:

あと、高校生のときに短期留学で3週間ほどカナダにいたんです。田舎町でそこでもいろんな謎体験があったりしたんですけど、いよいよ帰国の日にバンクーバーの町中に移動して。ここから明日は空港に行って帰るだけって日でもう疲れてるし、なにか吸収するというよりも早く日本に帰るぞっていう気持ちのなかで、朝起きて窓の外を見たら大型犬を連れてる女性がいたんです。「でっかいなー」と思って見てたら、よく見たら犬じゃなくて人だったんですよ。


――えっ。


高市さん:

人間のお兄さんだったんです。リードで繋がって四つ足で頑張って歩いてるお兄さん。「えっ!?」と思ったんですけど、なんかもう受け取る気力が残ってなくて「そういう……感じ?」と。妙にそこまで衝撃を受けることもなくて、そのままカーテンをシャーって閉めました。もうお腹いっぱいかなって。帰国してしばらく経って「あれ何やったんやろ」って。いってみればそれが一番衝撃なんですけど。街に溶け込んでましたよ。早朝なんで人もそんなにいなかったんですけど。怖かったです。



守りたい笑顔


――改めて、コンシューマーの世界からインディーゲームの世界に移ってどうでしたか。


高市さん:

一番衝撃的だったのが、初めてroom6の会議に出席したときにみんながすごく前向きだったことです。特に忘れられないのがkoheiさん(※21)の笑顔ですね。koheiさんだけじゃなくて、その場で出た意見に対してみんなが「それはいいね」って笑ってて。


自分が前の会社に初めて就職したときはチームの規模が小さくて、3人とか5人とか10人のチームもあったんですけど、気が付いたら100人規模のプロジェクトになっていて。広報系の仕事に移る前は、ほぼ人的トラブルの回収ばっかりしていたんです。デザイナーから出た意見をディレクターに伝えたり、伝言係みたいなことをしていて。楽しくなかったわけではないけど、常に緊張感があって「こんなものなのかな」みたいなのが沁みついてました。


(※21)koheiさん

room6のディレクター、プログラマー。現在は戦略放置RPG『ローグウィズデッド』のディレクションに携わっている。






――チームの規模が大きくなると、どうしてもシビアにならざるを得ない場面も出てきますよね。


高市さん:

そのあとパブリッシング的な仕事はしてたけどやっぱり締切にずっと追われてたし、楽しい気持ちでいられなかったんです。そこでChrisさんとの出会いとか、ゲームジャムでゲームを作ったこととかが重なって。そのうえでroom6で会議に出たときに「ゲームってこんな前向きに作っていいんだ! そうか、みんな自分事なんだ」って思って。そこが嬉しかったです。


――インディーゲームはチームの規模が小さいから、みんながプロジェクトの内容を自分の責任としてしっかり実感しているわけですね。


これで本当にゲームを作りながらご飯を食べていく道があるんだったら、ずっとここに何かしら協力したいというか、みんなの笑顔を絶やさないようにしたい、と思ったのが最初の景色です。本当にkoheiさんの笑顔が忘れられなくて。ゲームって楽しいものを作ってるはずなので、仕事だからってピリピリする必要はないんだなっていうのに気づかされて。みんなが無垢な状態でやっておられるのに感動しました。


だからroom6に悪い人が近づいてきたら盾になりたい……っていうのは大げさですけど(笑)「そういうのいりませんから」っていうのはやり続けたいですね。「私たちニコニコしながらゲーム作れるからいりませんので、それ!」って。


――room6の盾。頼もしいです。


高市さん:

そんななかで最近、room6やインディーゲームレーベルのヨカゼは、ゲーム以外の業界からもお声がけいただく機会が増えてますね。なかにはグッズとかイベントやろう、というのもありますしね。かたちとして結実させたいプロジェクトがある場合、チームを一から作っていったり、文化が違うところでものを完成させるというところを、これから立ち向かっていきたいなって思います。今までやってきたこと総力戦かなと思うので、楽しみなところですね。


――高市さんのもとでより強固になったチームが送り出す作品が楽しみです。ありがとうございました。



この記事を書いた人

  • 聞き手:ササン三(room6)

  • 編集:ササン三(room6)

  • 校正:fukushima(room6)

  • デザイン:高市(room6)





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